サッカーのアジアNo1を決めるアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)の決勝戦が今日行われました。
ところが、地上波ではどこも放送されていなかったのですね。
新聞で調べて見たら、BS朝日で放送されていました。再放送は夜中にNHKの衛星でやるみたいです。
アジアで一番になったのは昨年の浦和レッズに続いて2年連続です。
でも、これは凄いことです。アジアってとても広いのです。東は日本から西は中東までそして南はオーストラリアまで。
この広い広い中で戦って優勝です。
この広さから言ったらヨーロッパチャンピオンなんて小さい小さい・・・
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本屋に行ったら、目に付いたのが、

戴冠ですよ、初戴冠!!!
これ読み方分からなかったのですが「タイカン」と読むんですね。
もうないかも知れません。そう思ったら買ってしまいました。
考えたらスポーツ新聞とかもあったはずですが、残していないのでした・・・
この記事の中で、大分トリニータがいつもの守りだけではなく、右から切り崩して行くのが何回もと言うことが書かれていましたが、僕が見た限りでは守りのチームということではなかったのでした。
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放送中何度か言っていましたが、大分トリニータは1994年に大分県リーグで発足、1996年JFLに最短600何十日で駆け上がりJ2にそしてJ1に昇格していったチームです。
発足当時の名称は大分トリニティでした。僕は今でもトリニティという名称の方がしっくりくるのですが、J2に昇格したときだったかに変更していると思います。
そのJ2では2,3年ほどJ1に昇格一歩前で涙をのんでいます。
そして、やっとJ2で優勝しJ1に。
J1に昇格したものの、それからの何年間もの間、降格争いの常連になっていました。本当にぎりぎりの段階で踏ん張りJ1に残っていたのです。
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今日は久しぶりにJリーグの試合を見た。
14:00からやっていた浦和レッズVSジェフ千葉。
ジェフ千葉って、以前なんて言う名前だったっけ?
浦和にいる阿部って昔、ジェフにいたんだよなあとか、
羽生って何処行ったんだっけ?なんていうことも考えながら見ていた。
前半は、1対1で折り返す。
放送では面白い試合展開とか言っているが、どうもスイングしていないなあと思う試合だった。
そして、後半に。
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ドーハの悲劇
ドーハの悲劇(ドーハのひげき)は、1993年10月28日、カタールのドーハで行われた日本代表とイラク代表のサッカーの国際試合(1994年アメリカワールドカップアジア地区最終予選の日本代表最終戦)において、試合終了間際のロスタイムにイラク代表の同点ゴールが入り、日本の予選敗退が決まった事を指す日本での通称である。
最初に「ドーハの悲劇」というフレーズを使ったのは夕刊フジと言われている。日本でのテレビ中継(地上波)はテレビ東京が行い、視聴率は日本時間では深夜帯にも関わらず、同局史上最高の48.1%を記録した。実況は久保田光彦アナウンサー、解説は前田秀樹。テレビ東京のスタジオにはゲストとして日本代表主将・柱谷哲二の実兄である柱谷幸一がおり、試合終了後、スタジオに画面が戻ってきても頭を抱えて何も言う事の出来なかった。岡田武史は、NHK BS1の解説で試合後言葉に詰まっていた。
Wikipediaより。
ドーハの悲劇から15年も経っています。
実は、ボクも放送を当然のように見ています。
あの当時はボクも熱かったのです。サッカー観戦。
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